DENから車で30分ぐらいの新興住宅地のなかに、白洲正子さんが住居とした閑静なお家があり、今は所蔵物などの展示などして、公開されています。まわりはすっかり開発されていて、この邸宅のみが、かろうじて、かつての武蔵と相模の風景を残していて、涙さえこぼしたくなる暗愁にかられます。DENは、白洲正子さんにずいぶんと影響されているように思っています。もし遠方から車でDENにご来店くださるようなことがあれば、あわせてお運びくださると素敵だと思います。季節ごとに展示のしつらえを変えているようです。カフェなどあり、くつろげます。まわりの草花も季節ごとに楽しみたいものです。 営利的な営業もしてますが、邸の保存や管理のため仕方ない感じがします。できれば非力ながら応援したい気分で、こちらに掲載してみました。 武相荘のホームページはこちらです。 ↓邸内は撮影禁止ですので概観だけですが、画像をクリックすると大きな画面で見れます。 |
||
DENからの道を案内しています⇒地図 皮肉な感じがしますが、この武相荘 ユニクロが目印です。 |
白洲正子の意義
|
|
白洲正子が好きになったのは、ここ数年で、何がどう好きかって言われると、困ってしまうところがある。特に文章が好きなわけでもないし、彼女の美意識がことさらに好きなわけでもない。あえて言えば、小林秀雄に再び出会わせてくれたことか。それと彼女の生き方そのものか。彼女が醸し出すオーラのようなものか。 しかし、彼女の何かが、仮にも焼き物を売って生業とする私にとって重要な啓示となったのは間違いないと思う。 私たちは、数年前夫婦で、うつわやを始めたわけだが、妻と私のうつわ選びには、当初歴然とした隔たりを感じていた。私は焼き物を道具として見る以前に、焼き物を焼き物として見てしまうようで、妻は道具として見るあまり、焼き物としての高尚な美しさを軽んじてしまうような感じがあった。私は、高価であっても、焼き物の完成度が高い逸品を売りたいと考え、妻は安価でも良品の作家モノを売りたいと考えていた。 その間隙を精神的に埋めてくれたのが、白洲正子であったような気がする。 そういう意味では、現在、とても活躍している何人かのフードデザイナーやスタイリストなどにも、同じことが言えるではないだろうか。正子の末裔がいま際立って見える。 男性が凝ると陥りやすいのが、完璧主義で、なんでも一級品でなければ気がすまなくなる。それがステイタスのような気がしてくるのか、自他ともに認める逸品ばかりを集めたくなる。買ってしまえば、数日で飽きてお蔵行きになっても、まだ買う。三食の飯を食わずともまだ買う。 ところが自立した女性の美意識は少し違う。いいものも使わなくては意味がない。生活のなかに生きてはじめて美しいと思う。そんなあたりまえのことを、どうどうと言い始めたのが、白洲正子さんみたいな人たちなのだろう。 究極的な美を知っていることと、生活の中でほんとうに美しく輝くものを選び出し、生活の一部にする事とは、別の才能。白洲正子は、前者の才能をあまりあるほど持っていたと思うが、その方面では小林秀雄や青山二郎の影に隠れがちになる。一方、後者の才能をほんとうに評価する知識人は少なかったのではないだろうか って思う。 芸術評論家なんかは、きっと白洲正子さんの所蔵品を正等に評価しないのではないか とも思う。なぜなら、生活のなかで見ないかぎり、そのほんとうの美しさは見えないから。たぶん、それを発見したのは、生活の中の彼女を取材しに行った女性雑誌の編集者たちではなかろうか。あるいは、新種の骨董屋か。小林秀雄や青山二郎に出来なかったのは、一流の美でない、そこいらにある美しげなものを生活の中に生かすことなのではないだろうか。 先日、武相荘に行ったとき、土管の残欠を花器に見立てて飾るのを見た。 おそらくは、そんなところに白洲正子の真髄がある。土管は単品で見れば、何の美術的価値はない。その一流の、しかも飾り気のない美的生活をそのまま評価するべきなのだと思う。 ということで、私は妻との営業方針の間隙を、白洲正子によって埋めた。 しかも埋められたその間隙にこそ、 DENの存在理由があるような気がしている今日この頃なのです。 うつわのみせDEN 田口 巌 |